2018年1月5日金曜日

恩師の訃報

<懐かしの笑顔>


秋工同級生からメールがとどく。

担任のサイカツ先生(土木科 斎藤克夫先生)が暮の31日に亡くなったとの事。

葬式は明日6日である。

幹事にクラス一同の弔電と香典をお願いすることとなった。



(就職先)

先生:お前希望の会社はないのか

パパ:00建設を思でだけど△△が受けると聞いでだがら・・・・

先生:なんでいわねンダ!

パパ:(黙り込む・・・・・・・)

先生:誰も受けるのがいねがら00受けてこい。
    受けねど来年から募集こねがらな。

先生は採用されるとは思っていなかったようですが
パパは実力?で採用されました。
 
 
就職先を決めてくれた恩人です。
 
 
 
(クラブ活動)
 
 
先生:誰か応援団やるのいねが。
    甲子園にただで行けるど。
 
この一言で兄が野球部だったパパは手を上げてしまいました。
 
田舎者のパパは、応援団がどんな委員会なのか何も知りませんでした。
 
上下関係が厳しく、駅前であろうがどこだろうが大声で挨拶する。
まさかそんなことになるとは夢にも思っていませんでした。
 
 
そして野球部は在学中、甲子園に行くことはありませんでした。
 
 
 
(先生の自宅療養)
 
 
先生が病気で自宅療養されることとなった。
クラスから見舞いに行くこととなるが
選考基準は先生に迷惑をかけ病気にしたやつ。
 
〇川と、ムサシ お前ら二人で行って来いよ。
 
誰かの一言で悪?二人、先生の病床を訪ねることとなる。
 
無言が続くお見舞いとなってしまったが
先生は終始なぜか笑顔だった。
 
 


やすらかに おやすみください。
 
 
ー  合 掌 -




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